15年前と同じ場所に僕はいた。
前と違うのは今は単なる観客ではなく当事者としてバイクに乗っているということだ。
掛け声とともに前に突き出されたスターターの右手の指が一つ一つ折られていく。
5,4,3,2,1、スタート!
僕はCRF250Xのキックペダルを力強く踏み下ろした。
ババババーとすぐにエンジンは目覚めて高いアイドリングで回リ始めた。
軽くアクセルをあおってキャブのスターターノブを押し込むとエンジンは低い回転数で安定して回った。
大きく息を吸い、ギヤを1速に入れて秋の日高の中にゆっくりと走り出した。
僕の日高2DAYSエンデューロはこうして始まった。
1993年秋、僕は当時向かっていた目標のため勤めていた熊本の会社を辞めた。
次の仕事が始まるまで時間があったので北海道にツーリングに行った。その会社のバイク仲間が日高2DAYSエンデューロに出場するというので見に行ったのだ。
日高といえばかなり過酷なレースで、完走率5パーセントとかいうイメージがあった。実際、その時の友人は2人ともタイムオーバーで失格。そのうちの1人はスタートして僅か30キロしか進む事ができなかったのだ。
森と木の根とヌタ場とヤチ。まるで泥地獄じゃないか。
九州でよく参加していたエンデューロとは別格の、国内エンデューロ最高峰が日高だと思った。
この年から日高はオンタイム制を採用した。
そのシステムに馴染まない某モトクロス国際A級のライダーがレースをボイコットして話題になった。
あれから15年。自分がこのレースに参加する日が本当に来るとは思ってもみなかった。
4年前に北海道に引っ越した。確かにいつかは日高に出てみたいとは思っていたがただ漠然とだった。
それが今年になってCRF250Xを買ったことで急に現実味を帯びてきた。しかしまだ日高に出られる腕じゃない、来年には出たいなぐらいにしか思ってなかった。
今年の夏に日高のコースをフリーライドとして走る機会があった。確かに難易度はそう高くなく、僕でも何とか走れるようなコース設定だった。晴れたらばという条件付だが。
これならいけるかもということでエントリーをしてしまったのだ。
早速準備を始めた。揃えるものが多かった。FIM規格のリヤタイヤ、スペアのゴーグル、タイヤチェンジャー、MFJのライセンス、etc。
何より不安だったのはオンタイム制についてだった。頭では理解していても実際のレースでは冷静に行動できるか自信がなかった。
そうしている時夕張XC/EDを主催している畑さんからメールが来た。我々のチームで一緒にやらないかという誘いだった。ISDE出場経験もあり、オンタイム制エンデューロを主催までしている方のチームに混ぜてもらえるなんて願ってもないことだった。
金曜日CRF250Xの整備はバッチリと済み、金曜日の午後に会場に着いた。
もうテントがズラリと並んでいる。そのテントの下にはヘッドライトやウィンカーがついたエンデューロマシンがあることがモトクロスとは違うまた別の雰囲気があった。
チーム騎馬民族のテント達
車検はすんなりとパスしそのままパルクフェルメに入れるともう明日の朝までマシンには一切触る事ができなくなった。その日の車検が終わるとパルクフェルメには50台くらいの、色とりどりのエンデューロバイクが照明に照らされて明日を待っていた。
マシンがいないパドックは殆ど空っぽで、まだマシン整備が済んでいないテントの下だけ電気がついていて整備の音が静かなパドックに響く。
畑さん、まだやってます
土曜日夜に雨が降った。やっぱり雨か・・・。もう走り出すしかなかった。
夜が明ける頃ピットに近いエクストリームテストに行ってみた。
沙流川の河川敷に場違いな丸太やタイヤが置かれてあった。この丸太を越えるのか・・・。
丸太は雨で濡れ、試走したのかその皮は剥がれてツルツルになっていた。
大型車のタイヤは雨に濡れやはりツルツルだった。しかもタイヤの内側には泥が詰められてないのでバイクのタイヤがカポッとハマリそうだ。
前転する・・・。
霧雨の中パドックに戻る時ジョギングをする源治さんと擦れ違った。彼は今回BMW450Xの国内デビューレースにライダーとして抜擢された。かなりのプレッシャーがあるだろう。
雨はスタートが始まる頃には止み空は少しづつ明るくなってきた。
最初のインターナショナルクラスのライダーのスタートが始まった。それまでざわざわとしていただけの会場に急にエンジン音が響く。
オンタイムエンデューロはすべての行動の時刻が決まっている。
自分の時間が来て、大事なタイムカードをもらい、パルクフェルメに入る。
自分の時間がきてワーキングスペースに入る。
自分のスタート時間の2分前に自分のゼッケンが呼ばれスタートラインにつく。周りは大勢の観客やスタッフがスタートするライダーを見守っている。
そして9時23分、僕はスタートした。
まだ冷えているエンジンの調子を見ながら最初のエンデューロテストに向かう。
まずは目の前にあるスキー場がテストだ。
オフィシャルが旗で制止し、指を折りつつ「5,4,3,2,1、スタート!」と声を上げる。
ジャリの路面を掻きながらスタート。
HIRAPONGさんより
1周目はタイム計測されないがついつい豪快なヒルクライムにアクセルは大きく開いてしまう。CRFはそのまま離陸してしまうかのような勢いで一気にスキー場の頂上まで登っていった。そしてスキー場の裏手に回り、今度は延々と下りが続く。
かもツルツルの草地だ。ブレーキかけてもまったく止まらない。
「ありゃりゃりゃー」ドテ。早速コケた。もう足はバタバタ。
スピードはまったく出ないというか出せない。ノロノロとヨロヨロと下ってやっとテスト区間終了。
タイムどころの話じゃなかった。スキー場を出ると舗装路に出た。
コースマークを頼りに進んでいくとジャリの林道になった。5キロほど快調に飛ばすとコースは森の中へ。木々の間を縫いながら走ると突然のヌタ場!しかもすでに何本もハマった轍があった。その中の一番浅い轍を通って脱出。ここはどんどん荒れてくるだろうと想像できた。
そしてパッと視界が開け、クロステストに着いた。
「5,4,3,2,1スタート!」草原を切り開いて作られたコースはかなり柔らかく縦の轍がたくさんあった。グリップも悪く、轍にハンドル取られて思うように走れない。
そして転倒。もう完全に体がビビリモードに入っている。まったくアクセルを開けられない。また転倒。
ENDURO DAYSさんより
ふう、これがタイム計測していなくて良かった。
やっとクロステストを抜けるとまた森の中へ。するといきなりのツルツル下り!高さはそんなにないが最後がえぐれていて、しかもやや右に曲がっているし、木の枝も右から張り出している。
そろそろと下ると最後のえぐれでバランスを崩し左側に転倒。左側の穴に落ちかけた。バイクを起こし、セルでエンジンを掛けようとしたらカチッカチッといって回らない。何のためのセルだー!と思いながらキックでエンジン始動。
やっと舗装路かと思ったら路肩の悪路を走り、川をエイヤッと渡るとタイムチェックに着いた。
たくさんのライダーが時間調整していた。自分のタイムチェック通過時刻までまだ10分以上あった。やれやれ。時間まで休むことができる。
寒いと思って着ていたジャケットは暑くて着られなくなり、チームサポートの方に預かってもらった。自分の時間が来て、身軽になってタイムチェック通過。林道をしばらく走るとまた森の中に入った。するといきなりオフィシャルが2人いた。ここまで来たという証明のルートチェックらしい。
カードにパンチで穴を明けられて出発。木の根だらけの森を抜けると牧場に出た。牧草の中にアップダウンを繰り返しながら頼りなげな細いルートが見える。ツルツルなので気が抜けない。遠くに先を走るライダーが見える。何度かハマそうになりながらも何とか脱出。
写真は夏のフリーライド
牧場を抜けると舗装路沿いに草地を走るが、ここはまるで湿地帯だった。このどこかにハマリポイントが隠れているかと思うとぞっとする。最後に荒れた坂を登ると舗装路に出た。会場方面へ向かうとルートはまた森の中へ。するといきなり階段が現れた!えっ、ここ下るの?道を間違えたかと思った。
50メートルくらいの急な鉄製の階段は朝の雨で濡れていた。
こわごわと下り始める。しかしどんどんスピードが増してくる。しかも階段は一直線ではなく途中一段短い踊り場があってボヨーンとリヤが跳ね上がる!しかも階段下りたらすぐ右!あーびっくりした。
また森の中を進むと大きな登りが現れた。高さ10メートル助走無し!
ラインはかなり掘れていてそして荒れていた。気合一発!なんとかクリア。
そしてエクストリームテストに出た。河川敷に設置された丸太やタイヤを使った人工セクションだ。
夜の雨で丸太は滑る滑る。小さい丸太は越えられるがいやらしい間隔で置かれた丸太ではフロントが引っかかり転倒。1メートルの高さに積み上げられた丸太は乗り越えられずに転倒。大きなタイヤを5メートル並べられたセクションでも滑って転倒。散々なエクストリーム。
そしてピットに戻ってきた。まだタイムチェックの時刻まで10分以上あった。
ふう、この調子ならオンタイムで周回できるかな。
ガソリン給油と各部のチェック。
時間が来たので2周目に突入!これからはすべてのテストで計測が行われ、それが成績になる。
スキー場を全開で駆け上る!そしてツルツルの下りで転倒!そしてまた転倒!
がっくりときて先へ進むと森の中のヌタ場のラインがまた変わっていた。
クロステスト直前の溝で転倒。クロステストはさらに轍が深くなっていて、平地なのにスタックしているライダーもいた。そんな僕は轍にフロントを取られ転倒。エンジンがなかなか掛からない。そしてまた転倒。最悪。
森の中の急な下り。降りようとしたら下でウェストエンドフィルムの黒田さんがビデオカメラを持って待ち構えていた。そんなおいしいネタは提供しませんよと思いながらズルズルと下ると左側に転倒。しかも人間はその左の穴へ・・・。おいしすぎる。
バイクを起こす足場もないのでバイクを一旦穴の中に落として脱出。黒田さんのうれしそうな顔が目に浮かぶ。
タイムチェックにはまだ時間があった。何で急にセルが回らなくなったのだろう。バッテリー上がりの症状だが。もしかしてブレーキランプが点きっ放しなのかもしれない。点検するが異常はない。
ということは点きっ放しにしているのは自分だろう。ビビリモードでずっとブレーキ掛けっ放しなのかもしれない。とりあえずブレーキの線を引っこ抜く。
舗装路横の湿地帯を恐る恐る走っていたらいきなりフロントタイヤがガツンと停止した。ヤチにはまったようだ。フロントタイヤの前にブロックでもあるのかと思うくらいまったく前進しようとはしない。
仕方ないのでその轍からバイクを引っ張り出す。くうー、重てー!満身の力を込めて隣の轍に出す。何で?と思うくらいこちらはまったく沈まない。
その先の急坂にはバイクが2台いてラインを塞いでいた。前にいたライダーが無理矢理ラインを開拓してなんとか脱出。
そして階段後の急坂には10台くらいのライダーが溜まっていた。
1周目とは比較にならないほどラインは荒れていてなかなか昇る事ができない。次々と交代してアタックするが成功するのはほんの一握りのライダーだけだ。しかも一人のライダーが、他のライダーが後ろに待っているにも関わらず、何度もアタックして何度も失敗しているもの渋滞に拍車をかけた。
バイクを降りて他のラインを探して歩き回るがなかなかない。そうしている間にもライダー達のアタックは続き玉砕は続く。森の中に、空しく空回りするリヤタイヤと男たちの気持ちとともにエキゾーストノートが響く。すると突然誰もがクリアするようになった。おお、これは行かなくちゃ!
深呼吸してトライ!クリア!
予想外に時間を費やし、もう2周目のタイムチェックの時間が目前に迫っていた。
HIRAPONGさんより
続く・・・。